日本の大企業における
リスキリングの課題と学習促進の要点
企業内従業員の学びの実態と学び続けるための要因を分析した結果、学習者個人の意識が重要である一方で、それを支える環境の整備が不可欠であることが示された。特に、「学習内容を活用する機会の提供」が「学習継続の意向」や「学習自体の支援」よりも強く学習行動に影響を与える可能性が示唆された。この結果は、学習意欲を持つ従業員であっても必要性や機会がなければ継続的な学びが難しいことを表している。
INDEX(目次)
- 今、リスキリングを推進する大企業で働く従業員の実態
- 学習は「新しい業務の対応と成果」につながるが、継続性に課題あり
- 学習行動を支える学習環境に必要なのは、支援だけではなく活用機会の提供
- リスキリングの実効性を高める施策と展望
ベネッセコーポレーションは、「社会人の学びに関する意識調査2024」の結果を公開し、2024年のリスキリング(学び直し)の認知率56%(前年同)や必要性を感じる割合58%(前年比2.4ポイント増)に比べ、学習意欲と学習経験をともに持つ「学んでいます」層の割合が33.8%と依然として少ない点ことを示した。
ここで次の疑問が浮かぶ。
従業員は何をきっかけに学び、どんなことを得ているのか。継続的な学習に、何が必要か。
そのような疑問に迫るために、2024年9月末に従業員1,000名以上、かつ従業員の教育に投資をしている企業(例:講座や研修の提供・実施や補助などがある企業。ただし、特定サービスの受講に限定していない。)に所属する3,052名を対象とした調査を実施した。なお、我が国で主要な業界が製造業であることを踏まえ、回答者の約3分の1を製造業従事者に割り付けた(調査概要は記事の最後に記載している)。
今、リスキリングを推進する大企業で働く従業員の実態
本調査では、従業員が自律的に学習に向かう、いわゆる「自律学習」を促す要因として着目した6つの観点(学習目的、期待、きっかけ、サポート、学習習慣、活用機会)に加え、学習成果、学習継続の意向および学習行動について検討した(図 1参照)。
図 1 「自律学習」の成果につながる6つの観点
出典:ベネッセコーポレーション作成
まず、過去1年以内に学習に取り組んだかを尋ねた結果、全回答者のうち72.2%(2,204名)が「取り組んだ」と回答した。この割合は、先に取り上げた調査結果(45.2%)よりも高く(ベネッセコーポレーション, 2024)、対象者の属性が影響していると考えられる。先の疑問に迫るために、学びに「取り組んだ」とした回答者2,204名を対象に分析した。以降は、個人と組織の視点に分けて結果を報告する。
個人の学習:学習のきっかけは「会社からの発信」が最多、「週1時間以上」は6割強
業務に沿った活用意識、すなわち「目的」を持っているかについて質問したところ、「非常にある」「とてもある」「ややある」を合わせると81.5%であり、学習のきっかけも同様な割合(76.5%)であった。具体的なきっかけを複数回答で尋ねたところ、「会社からの発信」が最も多く51.7%を占め、次いで「研修や勉強会の実施」「上司からの勧め」が続いた。習慣(学習頻度)は、「毎日」「1週間に数回」「1週間に1回くらい」を合わせて66.0%であった。多くの回答者が仕事での活用を目的に、会社からの働きかけによって学習のきっかけを得て学んでいる様子がうかがえる(図 2)。
(a)目的意識、きっかけ、および習慣 (b)きっかけ
図 2 個人の学習に関する結果
出典:ベネッセコーポレーション作成
注:習慣(学習頻度)は「1: 毎日」「2: 1週間に数回」「3: 1週間に1回くらい」「4: 1か月に数回」「5: 1か月に1回以下」「6: 年数回以下」の6段階評価のうち、選択肢5と6を統合して5段階に置き換えた。
組織的な取り組み:学習への期待やサポート、活用機会はあるが、実際の活用に課題
図 3より、職場からのスキル獲得のための学習に対する期待は、「非常にある」「とてもある」「ややある」を合わせて61.4%であり、学習に対するサポートは70.5%であった。学習の活用機会は、「週1回以上」は50.6%だが、活用実感を聞いた設問では、「担当業務や実務で活用できている」と回答した割合は25.8%にとどまった。本調査では、調査対象の条件の一つが「従業員の教育に投資があること(特定サービスに限らない)」であった。このことから、多くの学習内容および活用機会は、実務に結びついていないケースが約7割に上ることを示しており、組織として学習成果を活用する仕組みづくりが課題といえる。
(a)期待、サポート、および活用機会 (b)活用実感
図 3 期待、サポート、および活用機会と活用実感
出典:ベネッセコーポレーション作成
注:活用機会は「1: 毎日」「2: 1週間に数回」「3: 1週間に1回くらい」「4: 1か月に数回」「5: 1か月に1回以下」「6: 年数回以下」「7: 全くない」の7段階評価のうち、選択肢5~7を統合して5段階に置き換えた。
学習は「新しい業務の対応と成果」につながるが、継続性に課題あり
学習による成果として、「新しい業務に対応できた(37.3%)」「業務改善の成果が得られた(31.3%)」などの回答が挙げられ、学習の活用機会との関連が示唆された。しかし、「特にない」という回答も31.0%あり、成果を得られていない人が少なくない点にも注目する必要がある。また、「継続して取り組みたい」と答えた割合が31.5%であり、前述の「週に1回以上」の学習頻度(66.0%)と比較すると少ない。現在学習していたとしても、必要性を感じなければ継続しない可能性がある層が一定数存在する(図 4)。
(a)学習成果 (b)学習継続の意向
図 4 学習成果および学習継続の意向
出典:ベネッセコーポレーション作成
学習行動を支える学習環境に必要なのは、支援だけではなく活用機会の提供
学習成果を得るための基盤は従業員の「学習行動」であり、この行動は学習者の意志(個人要因)と学習環境(組織要因)によって支えられている。この関係性を検討するため、学習行動に対する「学習継続の意志(個人)」と「支援および活用機会(組織)」の影響について因果関係を仮定して分析した。図 5では、関連する項目を「活用機会」「支援」「学習行動」の3つの要素に分類し、それらの関係性を数値で示している。なお、このモデルの当てはまりは一定の水準を満たしているものの、単一の調査データに基づく分析であるため、厳密な因果関係を示すものではない。
図 5 3つの要素の因果を仮定した分析結果
出典:ベネッセコーポレーション
結果として、学習行動に3つの要素が影響を与える可能性があることが示された。特に活用機会は学習継続の意向に影響するだけではなく学習行動に直接影響する可能性がある。学習行動および学習継続の意向に対しての影響度合いを係数で比較したところ、支援と比較して活用機会は1.7倍以上の関連性を持つ可能性があり、学習行動への影響は学習継続の意向とほぼ同程度であった。この結果は、学習者が積極的に学び続けるためには、個人の学習意欲を高めるだけでなく、実践的な場面で学習内容を活用できる機会が重要であることを示唆している。
製造業と製造業以外の業界別では異なる傾向
今回の調査データでは、回答者の約3分の1を製造業の従業員に割り付けていた。そこで、上記と同様の方法で「製造業」と「製造業以外」の回答者で比較分析したところ(図 6)、製造業では学習行動に3つの要素が与える影響が同程度であった。製造業以外では、「学習継続の意向」が最も大きく、次いで「活用機会」が与える影響となった。この結果から、製造業従事者に特有な業務環境のもとで、学習行動を継続するためには、学習者の意欲と同様に、支援や機会などの組織的な取り組みが必要であることがうかがえる。
図 6 「従業員1000人以上の製造業」と「従業員1000人以上の製造業以外」を比較した分析結果
出典:ベネッセコーポレーション
リスキリングの実効性を高める施策と展望
企業内従業員の学びの実態と学び続けるための環境について分析した結果、学習者個人の意識が重要である一方、それを支える環境の整備が不可欠であることが示された。特に、「学習内容を活用する機会」の提供が「学習継続の意向」や「学習自体の支援」よりも強く学習行動に影響を与える可能性がある。この結果から、学習意欲を持つ従業員でも学びの必要性がなければ継続的な学びが難しい傾向が示されており、学びを現場で活かすための具体的な仕組みづくりのため、例えば、以下のような具体的アプローチが求められる。
・支援の可視化と環境整備
支援があっても認識されていないと効果に結びつかないため、従業員が支援状況を認知できるように、支援内容を可視化・共有する必要がある。また、支援の形態や質は業界や企業ごとに異なるため、従業員の反応から、適切な学習環境を継続的に改善していく必要がある。他社の成功事例を参考に、施策と検証から始めることが考えられる。
・学習の活用機会(学習転移)の仕組みづくり
従業員が学んだ内容を把握したうえで、それを実際に活用できる場を提供することが必要である。つまり、学習内容の共有だけではなく、例えば、ジョブローテーションやプロジェクトベースの学習機会を設けるなど、実際にスキルを試す機会を整備する必要がある。
・学習効果・成果の測定と共有
学習行動をKPIとして導入し、学習の成果をビジネス目標と連携させる仕組みをつくる。学習成果が組織全体の成果に結びつくことを従業員に示すことで、学びの意義を一層高めることが可能となる。
・学習文化の醸成
職場全体で学習を促進する文化を醸成する必要がある。具体的には、上司との1on1ミーティングや日常的な声掛けを通じて、学習の重要性を共有し、従業員のモチベーションを高める取り組みが効果的である。
これらの具体的な取り組みによって、学習者の意欲を高めるとともに、学びを実践に活かす環境を整備することが、組織全体の成長につながると考えられる。働き手であり学び手でもある従業員の学びを促進し、リスキリングの実効性をさらに高めることに役立つことを願う。なお、調査内容の詳細や連携に関するご相談は、以下までお問い合わせください。
調査概要
調査名称:企業における学びに関するアンケート調査
調査委託先:マクロミル
調査方法:インターネットリサーチ
調査対象者:全国 18~64 歳の就業者(正社員のみ)
回答者数:3,052 人
割付方法:従業員数1,000人以上、回答数の1/3を製造業とした
調査実施期間:2024年 9月27日(金)~2024年 9月30日(月)
スクリーニング条件:企業の教育投資あり
※調査を引用する際は、以下の引用を用いてください。
ベネッセ教育総合研究所. (2024). 学びに関するアンケート調査.
参考文献
ベネッセコーポレーション. (2024).「社会人の学びに関する意識調査2024」最新結果を公開 リスキリング理解度は高まるが3年連続で社会人の約4割は学習意欲なし.
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001265.000000120.html
執筆者
佐藤 徳紀(Tokunori Sato)
ベネッセ教育総合研究所 研究員
博⼠(⼯学)。2012年(株)ベネッセコーポレーションに⼊社、中学⽣向けの理科教材の開発を担当後、2016年6⽉からベネッセ教育総合研究所の研究員に着任。企業内大学の立ち上げ、社内提案制度のPMOなどを経験後、社会人や児童・生徒を対象とした探究やチーム協働での創造性の研究、ならびに企業所属の従業員の学習に関する研究に従事。専門は、電気工学、科学教育、教育工学、創造性、組織行動。東京工科大学非常勤講師。関連サイトは以下。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0112
https://benesse.jp/berd/special/creativity/lp/