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調査・研究

村田製作所に学ぶ、DX人材育成の中長期実践のポイントと挑戦

公開 2025/3/28

企業がデジタル化を進めるなかで、「DX人材不足」が大きな課題となっています。今回は、独自のDX人材育成コース「MID-L1」を通じてDX人材を育成している株式会社村田製作所の取り組みをご紹介します。同社はDX人材育成における教育の質をさらに高めるため、ベネッセ教育総合研究所と共同調査を行っています。そこで、ベネッセ教育総合研究所の佐藤徳紀研究員が、株式会社村田製作所のDX人材育成を統括する情報システム統括部 IT/DX戦略企画部 シニアマネージャーの鷹野正宗さんに、同社のDX人材育成コースの運用ポイントと課題を伺いながら、DX人材育成の次のステップで参考となる研究知見を共有しました。

INDEX(目次)

村田製作所におけるDX人材育成の特徴とは?

※敬称略

佐藤 御社は、現場での実践を重視した取り組みでDX人材を着実に育成されていると伺いました。具体的にどのような方法なのでしょうか。

鷹野 弊社では、2021年に策定した「長期構想Vision2030」と「中期方針2024」に基づき、成長戦略の一環としてDX推進を掲げています。革新的な生産性・競争力の向上をめざすため、DX人材の育成・強化を打ち出しました。「個人を変える」「組織を変える」という2つの軸を大切にDX推進の入り口の1つとしてDX人材育成を進めています。そのうち「個人を変える」施策として、社員個人の成長を支援するため、Udemy Businessを導入しました。8,000人の社員にUdemy Businessのアカウントを付与しました。現在の利用率は70%であり、さらなる利用を促すための施策を検討しています。

佐藤 他のUdemy Business導入企業と比べて、御社の利用率は非常に高いですね。「組織を変える」取り組みとしては、どのような施策を実施されていますか。

鷹野 個人の学びを組織全体に広げるために、2022年から、DX推進の中心となるキーパーソンを育成するDX人材育成コース「MID-L1」(以下、育成コース)を実施しています(図1)。この育成コースでは、各課から2名以上となるように主に管理職が社員を選抜し、半年にわたり、座学による知識の習得と実業務課題の改善に取り組みます。育成コースには2つの特徴があります。1つは、上司を巻き込んだ成果を重視した仕組みです。育成コース開始前に、受講者は上司と一緒に目標を設定します。育成コース受講中、上司は受講者である部下の学びとその進捗を把握し、業務調整も行いながら実業務での成果を生み出すようにします。さらには部署内でどのように活用できるかも検討することになります。育成コース終了後も継続的に学んだことを実務で活かせるような機会を部下に提供します。さらに、他のメンバーとの連携を促し、部下の成長を支えます。

もう1つの特徴は、受講者と受講組織を認めるという内容です。受講者は、所属部署の業務改善など、具体的かつ実現可能な内容の目標を、上司と一緒に設定します。育成コース終了後は、受講者が勤務する工場および部門の責任者の前で報告会を実施し、得た学びと成長に対してコメントをもらうことで、しっかりとした評価を組織として実施します。

図1 「MID-L1」の育成コーススキーム

図1 「MID-L1」の育成コーススキーム
※村田製作所様からの提供資料より引用

佐藤 研修を受けるだけでなく、研修受講後、業務の中に実践の場を設けることでスキルが定着しやすいことは、研究でも明らかになっています。また、管理職が部下の目標設定や学習促進に関わることは、創造性の向上に寄与することもわかっています。育成コースは、非常に優れた設計がされていますね。どのような成果が出ているのでしょうか。

鷹野 育成コース参加者に実施した事後調査では、7割弱の参加者が「職場において育成コースで身につけたスキルを活用できている」と答えました。例えば、業務改善に役立つアプリ開発をする参加者もいました。育成コースの成果に手応えを感じていますが、さらに効果を高め、学んだスキルの活用率を9割程度まで引き上げたいと考えています。併せて上司・管理職が正しくかつ継続的に育成した人材のスキルを活かせるような取り組みを進めていきたいと考えております。そのために、引き続きベネッセさんとの意見交換や他社との交流を通じて客観的に自社の取り組みを評価していきたいと思います。

相談1:育成コースで学んだスキルを現場で活かしてもらうには

育成コースで得た学びは育成コース期間中からパフォーマンス向上に影響

佐藤 育成コースの成果を着実に上げられていますが、現在、どのような点を課題だと感じていますか。

鷹野 選抜した社員に育成コースを行うことで、DXスキルを持つ人材は一定数増えました。ただ、そのスキルが業務で有効かつ継続的に活用されるためには、さらなる仕組みが必要だと考えています。

佐藤 社員が研修で学んだスキルを業務で活用できるようになるためには、次のような取り組みが有効だと研究で明らかになっています。

◎社員が研修で学んだことを活かせる場を作る。
◎社員の目標達成のために、進捗確認や支援を定期的に行う。
◎上司がポジティブなフィードバックを行う。

今回紹介したいのは、「学習転移」という考え方です。「学習転移」とは、研修で学んだことが実際の業務で活用され、成果(パフォーマンス)につながることを指します。参考になる概念の一つに、「並行的学習転移(コラテラル・ラーニングトランスファー)」(Hinrichs, 2015)があります。研修で得た学びは研修期間中から職場でのパフォーマンス向上に影響を与える、という考えです。この研究では、学習(訓練)と成果(職場)という2つの文脈下で起こる「学習転移」に着目し、職場で活かす学習である限り、2つを切り離すことはできないことを指摘しています。その視点からすれば、研修を終えることを待つのではなく、途中であっても職場での小さな活用を探ることが学習にもポジティブな影響を与える可能性を示唆しています。

また、上記研究によれば、研修参加者が学んだスキルを業務で発揮する(転移を高めるため)には、中長期的な学びの中で、「学習転移」の意欲、転移の動機(理由)、上司による転移の支援、チームの協力的な風土の醸成が重要な役割を果たすことが明らかになっています。

育成コースで社員の動機づけを高め、自信を養うことも重要

鷹野 育成コースの参加中に既に「学習転移」が起きているのであれば、やはり実践の場をコースの中に設定することが有効なのですね。私たちのコース設計が理論的にも裏付けられていると知り、心強く感じます。さらに効果を高めるためには、どのような改善が有効になるのでしょうか。

佐藤 次に紹介したいのは、「学習転移」の最大化に関する研究です(Huang et al., 2015)。彼らは、「学習転移」を「最大転移」(能力の転移)と「典型転移」(意思の転移)に分けられるとしています(図2)。

図2 最大転移と典型転移の関係図

図2 最大転移と典型転移の関係図
出典:Huang et al. (2015)を基に筆者作成

「最大転移」とは、能力の転移(すなわち、実際に”できる”)と表現できます。つまり、“できる”という状態を明確に評価でき、行動や所作が特定されているため、努力により可能性を広げることができると捉えます。一方、「典型転移」とは、動機の転移(すなわち、“やる気がある”)と言え、その状態は明確に評価しにくいもので、行動や所作が特定されておらず、そうなりたい意思や周囲の期待を反映するものです。同研究では、それらの両方が「学習転移」を形作っているとされています。

つまり、御社の育成コースによる転移を最大化するためには、実際に評価できる能力やスキルの習得だけでなく、コース参加者の動機づけを高め、自己効力感やモチベーションを養うことも重要だと考えられます。そこで、育成コース参加中に実践の機会を設けると同時に、参加者の意欲を引き出す支援を組み込むことが効果的だと言えます。

鷹野 育成コース参加者の能力開発だけでなく、動機づけを高める支援も重要なのですね。弊社では、管理職は部下を同コース受講前から支援していますが、その質をさらに高める必要がありそうです。

相談2:学びを広げるチーム作りをするためには

社内にコミュニティを形成して学びを広げる

鷹野 育成コースでは、参加者がコースで学んだ内容を組織内に広げるための施策を各組織で検討し実践していますが、より緻密な仕掛けが必要だと思っています。例えば、育成コース修了者を取り巻く人達が学び合うコミュニティの形成です。学びを広げるためのチーム作りにおけるポイントを教えていただけますか。

佐藤 現状でも、管理職が目標設定から育成コース修了後まで関与するなど、非常に先進的な取り組みをされています。学びを広げる観点からは、組織において、「心理的安全性」を形成することが重要です。具体的には、新しいことを受け入れ、失敗も受け入れられる環境作りが求められています。また、コミュニティ(実践共同体)を形成することも効果的だと言えます。

鷹野 いわゆるチーム学習のようなものでしょうか。

佐藤 はい。コミュニティ(実践共同体)とは、「特定のテーマへの関心や問題意識、熱意を共有し、持続的な相互交流を通じて知識や技能を深める人々の集まり」を指します。しかし、企業や組織主導のチームでの学習の場合は、企業や組織が学んでほしいと思っていることと個人の関心が完全に一致するケースは少なく、個人が企業や組織が学んでほしいと思っていることに合わせているのが現状です。

例えば、学びのコミュニティについて研究する関西学院大学商学部の松本雄一教授(2024)は、理想的な実践共同体として、個人の関心と組織の関心が重なるテーマが学べるコミュニティを組織の中に構築することを提案しています(図3)。そのようなコミュニティは、企業がめざす目標と個人の関心のある学びの橋渡しとなる場として機能し、企業の発展だけでなく、自律的な学習者の育成につながる可能性があると思います。

図3 組織と個人をつなぐ理想的な実践共同体
出典:松本(2024)より筆者がアレンジして作成

負担のかからないコミュニティの形成が課題

鷹野 現在、弊社内にもコミュニティはあるものの、その影響力は限定的です。コミュニティの価値を高め、社員同士の協業を促進したいのですが、評価制度が十分に整備されていないため、コミュニティを効果的に活用しきれていないのが現状です。ある組織では、業務の性質上、個人業務が中心となり、他の社員との連携が生じにくいという課題があります。

佐藤 社内において学習を積極的に行うラーニングヒーローと呼べる社員が、学びによる成功事例を共有すれば、その周囲の社員が学び始めるきっかけになる可能性があります。そのような事例はありますでしょうか。

鷹野 あるコミュニティでは、社内システムの開発に挑み、開発したシステムが全社展開となる成果を上げ、活動の中心的な役割を担った社員は昇格しました。そうした成功事例を増やしていきたいと考えています。ただし、特定の社員にコミュニティ作りやその運営の負担が集中しないよう、より柔軟なつながりを持つコミュニティの在り方を模索していきたいと思います。

まとめと今後の展望:個人の学習を組織へと広げるための挑戦

佐藤  御社の取り組みを伺い、「学びが定着する仕組みの開発」に尽力され、「組織全体で学びを広げる文化の醸成」に挑戦されていることがよくわかりました。実際、個人の学習が組織の学習に良い影響を及ぼすことは、さまざまな研究からも明らかになっています。

鷹野 現在も、学びをテーマにした部門横断型プロジェクトを実施し、業務改善や新規提案に結びつける取り組みを進めています。今後は社員個人のスキルアップや実践を進める一方で、組織全体の成果につなげていくことが課題です。その課題に関する知見をベネッセさんからお聞かせいただき、引き続き社内でも議論を進めていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

佐藤 こちらこそ、よろしくお願いします。

ベネッセ教育総合研究所と村田製作所は、2024年8月から上記のような対話の場を複数回設けるとともに、社員個人の学習を組織の成果につなげるための調査を行いました。次回は、村田製作所とベネッセ教育総合研究所が連携協力した調査の結果を報告します。

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ベネッセコーポレーションがサービスを提供するUdemy Businessでは、DX人材育成を目的とした研修教材の提供に加えて、弊社が教育事業で培った研究知見を生かして、事業成長を見越したDX研修の設計や調査・分析のお手伝いをさせていただいています。ご関心のある方は、ぜひ下記までお問い合わせください。

※本記事を引用いただく際は、以下を明記してください。

ベネッセ教育総合研究所. (2025). 村田製作所に学ぶ、DX人材育成の中長期実践のポイントと挑戦. https://ufb.benesse.co.jp/news/research-05

参考文献

Hinrichs, A. C. (2015). Predictors of Collateral Learning Transfer in Continuing Vocational Training. International Journal for Research in Vocational Education and Training, 1(1), 35–56. https://doi.org/10.13152/IJRVET.1.1.3

Huang, J. L., Blume, B. D., Ford, J. K., & Baldwin, T. T. (2015). A Tale of Two Transfers: Disentangling Maximum and Typical Transfer and Their Respective Predictors. Journal of Business and Psychology, 30(4), 709–732. https://doi.org/10.1007/S10869-014-9394-1/TABLES/9

松本雄一. (2024). 学びのコミュニティづくり : 仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ. 同文舘出版.

お話を伺った方

鷹野正宗(Masamune Takano) 
情報システム統括部 IT/DX戦略企画部 シニアマネージャー 兼 バリューチェーンDX推進部 シニアマネージャー
2016年、村田製作所の工場の製造技術者として入社。データ利活用を軸に品質改善とスマートファクトリーの推進を精力的に行い成果を出しながら、それらの活動を社内に広く伝えてきた。その後、経営戦略部へ異動し、「長期構想Vision2030」と「中期方針2024」のDX推進テーマの策定を主導し、2022年から同社のDX人材育成戦略などの体制を築いて稼働させ、2023年からは戦略と実行の部隊を情報システム統括部に移し、自身も引き続き全社のDX推進テーマを進めながら、ムラタらしいトランスフォーメーションの道筋づくりに貢献している。

執筆者

佐藤 徳紀(Tokunori Sato)
ベネッセ教育総合研究所 研究員
博⼠(⼯学)。2012年(株)ベネッセコーポレーションに⼊社、中学⽣向けの理科教材の開発を担当した後、2016年6⽉からベネッセ教育総合研究所の研究員に着任。企業内大学やアルムナイネットワークの立ち上げ、社内提案制度のPMOなどを経験し、現在は、社会人や児童・生徒を対象とした探究やチーム協働による創造性の研究、ならびに企業所属の従業員の学習に関する研究に従事。専門は、電気工学、科学教育、教育工学、創造性、組織行動。東京工科大学非常勤講師。関連サイトは以下。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0112
https://benesse.jp/berd/special/creativity/lp/

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