企業における学びに関する定量調査(2)
〜リスキリングを促進する組織的支援とは〜
急速な技術革新やグローバル競争の激化により、日本企業においても従来の業務プロセスでは対応しきれない状況が増えてきており、DXと業務の高度化を推進するためのリスキリングが急務となっている。ベネッセ教育総合研究所では、従業員のリスキリングを促進する要因を解明すべく、調査・分析を実施した。今回は、2025年3月に開催された日本教育工学会で発表した内容を報告する。
本記事のポイント: 2,204名(製造業679名およびそれ以外1,525名)の従業員に対して計画的行動理論に基づき調査・仮説検証を行った結果、理論のとおり「学習意図」が学習行動の促進要因であることに加え、「組織的支援(職場の支援と学習の活用機会)」も重要である可能性が示された(佐藤 & 三和, 2025)。
INDEX(目次)
- リスキリングを促進するカギを探るため調査を実施
リスキリング意識は高まっているが、実務での活用が少ないのが課題
「学習行動」を促す計画的行動理論と組織的支援とは - 発見1:「学習行動」に「学習態度」はプラスに関連し、「周囲の期待」はマイナスに関連
従業員の前向きな「学習態度」は「学習行動」を促進
「周囲の期待」の関連は一過性にすぎない - 発見2:「組織的支援」は従業員の「学習行動」を促進
「組織的支援」は「学習行動」と「学習意図」にポジティブに関連 - 学習の促進には「組織的支援」が不可欠。「活用機会」が生まれる学習文化の醸成を
企業に求められる学習支援とは?
「組織的支援」と従業員が感じる学習支援の届け方が今後の課題
リスキリングを促進する要因を探るため調査を実施
リスキリング意識は高まっているが、実務での活用が少ないのが課題
現在、日本企業では、変化の激しいビジネス環境に適応するため、DXや業務の高度化が求められており、従業員のリスキリングが急務となっている。ベネッセコーポレーション が全国18~64歳の男女40,000名に行った「社会人の学びに関する意識調査2024」の結果では、「リスキリング(学び直し)の必要性を感じている社会人」の割合は58%に達していた(ベネッセコーポレーション, 2024)。しかし、「学習意欲があり、学習経験もある社会人」の割合は33.8%であり、リスキリングの必要性を感じつつも、学習行動にはつながっていない状況が見えてきた(同調査)。
一方、「教育投資」を受けている企業に所属する従業員2,204名を対象にした調査(ベネッセ教育総合研究所, 2025)からは、従業員のリスキリングの支援制度がある場合、「学習に対するサポートを受けていると感じる」割合は70.5%と高い水準であったが(ベネッセ教育総合研究所, 2025)、学びの活用実感を聞いた設問では、「担当業務や実務で活用できている」と回答した社会人の割合は25.8%にとどまっていた(同調査)。それらの結果から、企業において、リスキリングの支援制度があったとしても必ずしも学習行動につながるわけではないため、その従業員の学習行動を増やし、学習成果を実務に生かす仕組みの構築が課題だといえる。
「学習行動」を促す計画的行動理論と組織的支援とは
その仕組みの構築には、従業員の学習行動を促進する要因がポイントとなるが、促進要因を網羅したうえで、その要因の影響度を比較した知見が日本には少ない。そこで着目したのが、Ajzen (1991)が提唱する「計画的行動理論」だ。同理論を援用すれば、学習意図が学習行動を左右し、その学習意図は「学習態度」「周囲の期待(主観的規範)」「その行動を実行できると感じる程度(知覚された行動制御)」の3つの要因に影響される(図1)。
図1 計画的行動理論
出典:Ajzen (1991)を参考に筆者作成
加えて注目したのがEisenbergerら (1986)による「知覚化された組織的支援」だ。この概念は、「従業員が組織からどれだけ価値を認められ、大切にされているかを感じる認識」を指し、例えば、「知覚化された組織支援が高いほど欠勤が減ること」などが報告されている。つまり、組織からのコミットメントを認識するほど、自身の組織へのコミットメントに影響することを意味するため、リスキリングの支援制度や施策を強く認識するほど、学習行動を引き出す可能性がある。今回は、原著の項目引用ではなく、概念を援用した。
本調査では、企業内のリスキリングに特化し、Puah et al. (2022)の従業員のオンライン学習の調査項目を参考に、オリジナルの調査項目(組織的支援など)を追加して、従業員の「学習行動」の促進要因を検討した。特に、「周囲の期待(主観的規範)」や「組織的支援」が「学習行動」にどのような関連があるのかに焦点を当て、以下の仮説を立てた(図2)。具体的には、例えば「学習態度」に対して「オンライン学習を行うことは、自分にとって価値がある」などの、設問を複数設定して分析に用いることにした。
図2 調査概要
出典:Puah et al. (2022)を参考に筆者作成
<仮説>
仮説①「学習意図」は、「学習態度」「周囲の期待(主観的規範)」「その行動を実行できると感じる程度(知覚化された行動制御)」により予測される。
仮説②「学習行動」は、「学習意図」により予測される。
仮説③「学習行動」あるいは「学習意図」は、「組織的支援」により予測される。
2024年9月、過去1年間で学習に取り組んだ2,204名(製造業679名、それ以外1,525名)に計画的行動理論を踏まえた①〜③の仮説を立ててアンケートを実施、分析した(調査概要は本記事の最後に掲載)。
発見1:「学習行動」には「学習態度」はプラスに関連し、「周囲の期待」はマイナスに関連
従業員の前向きな「学習態度」は「学習行動」を促進
まず、「学習行動」に対して、計画的行動理論に基づく「学習態度」「周囲の期待(主観的規範)」「その行動を実行できると感じる程度(知覚化された行動制御)」「学習意図」の4つの要素がどのように作用するのかを検証した。
まず、「オンライン学習を行うことは、自分にとって価値がある」「オンライン学習を楽しみにしている」「今後もオンライン学習をしたい」などの前向きな「学習態度」が、「学習意図」に対して最も強く関連することが明らかになった(図3)。さらに、「学習態度」は「学習意図」に直接作用するだけでなく、「学習行動」とも強い関連があり、間接的にも「学習行動」を促進する要因となる可能性が確認された(同図)。
図3 「学習行動」や「学習意図」を促進する要因の調査結果
出典:筆者作成
「周囲の期待」の関連は一過性にすぎない
一方、「学習意図」には、「周囲の期待」とマイナスの関連があることが見えてきた。本調査における「周囲の期待」は、上司や同僚などの周囲からの期待を指し、「私にとって重要な人は、私がオンライン学習を行うべきと考えるだろう」「直属の私の上司は、私がオンライン学習を行うことを期待している」「会社や上司による働きかけは、オンライン学習を行うきっかけになる」といった質問項目に基づいている。
「周囲の期待」は学習のきっかけであることから学習行動を促進する効果はあると考えられるが(ベネッセ教育総合研究所, 2024a, 図2)、今回の分析結果からはその効果は一時的で、やがてマイナスになる側面を持つ可能性が示された。先行研究からも自己決定の度合いが低い施策は外発的な動機づけにとどまり、継続的な学習行動にはつながらない可能性が示されている(ベネッセ教育総合研究所, 2025b)。そのため、周囲の期待による関連は一過性だと考えられ、「上司からの勧め」「同僚からの勧め」は短期的には有効であるものの、継続的な施策としては適さない可能性が示唆された。
発見2:「組織的支援」は従業員の「学習行動」を促進
「組織的支援」は「学習行動」と「学習意向」にポジティブに関連
次に、「学習意図」と「学習行動」に関連する要因として、計画的行動理論のなかには規定されていなかった「組織的支援」の影響も検討する。「組織的支援」は、職場の支援や学びの活用機会の提供を指す。
図3より、「学習意図」に対し、「学習態度」「周囲の期待」「その行動を実行できると感じる程度」「組織的支援」がどのように関連するかを比較すると、「組織的支援」が最もポジティブな関連であることが明らかになった。この傾向は、「学習行動」でも同様であった。
つまり、スキル獲得のために学ぶ際、会社や職場からの働きかけやサポートがあることに加え、研修で得た知識やスキルを活かせる場が用意されていると、従業員の学習意欲が高まり、さらに学習が促進される可能性があることがわかった。
上記の結果から、企業が従業員の「学習継続の意向」や「学習行動」を促進するには、「組織的支援」の充実が有効だと考えられる。
学習の促進には「組織的支援」が不可欠。「活用機会」が生まれる学習文化の醸成を
本調査の結果、従業員の「学習行動」を促進する要因として、「学習態度」と「組織的支援」の関連が明らかになった。それらは「学習意図」を介して間接的に関連があるだけでなく、直接的に「学習行動」を促す可能性があると言える。
今回の調査で、「組織的支援」は「学習の職場支援」と「学習の活用機会」の2つで構成されていることから、従業員の学習促進には、従業員が前向きに学習できる環境を整え、従業員の学びへの意図(意志)を高めるとともに、従業員の学びをサポートする働きかけや支援、そして学びを活用できる場の提供といった施策が重要だと想定される。
従業員の「学習行動」が企業文化として根付くことは、従業員個々の成長だけでなく、企業全体の競争力強化にもつながる。そのため、従業員の学習を支援する組織の整備が、今後ますます必要になると考えられる。
企業に求められる学習支援とは?
本調査から、例えば、以下の施策などを積み重ね、学びの文化の醸成をすることが有効だと考えられる。
従業員の主体性と組織の期待を結びつける研修を提供。
- 「個人の興味・関心」と「組織の期待」を融合させた研修を実施する。
- 個人の興味・関心を満たす研修と業務に活用できる研修をバランスよく用意する。
- 上司が部下に1on1などの面談を行い、学習計画を共有し、業務と学習の目標を連動させる。
学習成果を活かす「活用機会」の整備。
- 学習した内容を実践できる場を設ける。
- 学習の成果を業務評価や人事評価に反映する。
- 学習時間の確保など、上司が部下をフォローする体制を整える。
「学習意図」を維持・強化する仕掛けの構築。
- 学習して得た知識やスキルの共有、進捗報告の場を設ける。
- 学習成果の発表会やプレゼンテーションなど、上司や同僚の期待が高まる機会を創出する。
- 上司や同僚が学習を評価する仕組みを導入し、個人の学習意欲を高める。
「組織的支援」と従業員が感じる学習支援の届け方が今後の課題
同時に支援施策の実施には難しさもある。本調査から重要性が見えてきた「組織的支援」だが、定義にあるように「従業員自身が価値を認められ、大切にされていると感じる」という、支援を受ける側の従業員の認識であることに注意が必要だ。2025年3月に開催された日本教育工学会での発表においても、
「施策の受け取り手である従業員が、『組織的支援』と感じるためには何が必要か」
という意図の質問があった。施策を行うだけではなく、その施策が従業員にとってプレッシャーなどの「周囲の期待」ではなく「支援」だと感じられるような、届け方が重要となる。
ベネッセ教育総合研究所では、引き続き事例の収集や追加の研究を進め、理論と実践を結び続ける取り組みを続けていく予定だ。
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調査概要
調査名称:企業における学びに関するアンケート調査
調査主体:ベネッセ教育総合研究所
調査委託先:マクロミル
調査方法:インターネットリサーチ
調査対象者:全国 18~64 歳の就業者(正社員のみ)
回答者数:3,052 名のうち 過去1年間で学習に取り組んでいた2,204名(製造業679名およびそれ以外1,525名)
割付方法:従業員数1,000人以上、回答数の1/3を製造業とした
調査実施期間:2024年 9月27日~30日
スクリーニング条件:企業の教育投資あり
※本調査を引用いただく際は、以下を明記してください。
ベネッセ教育総合研究所. (2025). 企業における学びに関するアンケート調査(2). https://ufb.benesse.co.jp/news/research-04
※学会発表を引用いただく際は、以下を明記してください。
佐藤徳紀 & 三和香. (2025). 製造業を中心とした企業従業員の学習行動の促進要因. 日本教育工学会2025年春季全国大会(第44回)論文集.
参考文献
Ajzen, I. (1991). The theory of planned behavior. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 50(2), 179–211. https://doi.org/10.1016/0749-5978(91)90020-T
Eisenberger, R., Huntington, R., Hutchison, S., & Sowa, D. (1986). Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology, 71(3), 500–507. https://doi.org/10.1037/0021-9010.71.3.500
Puah, S., Bin Mohmad Khalid, M. I. S., Looi, C. K., & Khor, E. T. (2022). Investigating working adults’ intentions to participate in microlearning using the decomposed theory of planned behaviour. British Journal of Educational Technology, 53(2), 367–390. https://doi.org/10.1111/BJET.13170
ベネッセコーポレーション. (2024). 「社会人の学びに関する意識調査2024」最新結果を公開 リスキリング理解度は高まるが3年連続で社会人の約4割は学習意欲なし. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001265.000000120.html
ベネッセ教育総合研究所. (2025a). 企業における学びに関する定量調査~日本の大企業におけるリスキリングの課題と学習促進の要点~. https://ufb.benesse.co.jp/news/research-01
ベネッセ教育総合研究所. (2025b). DX人材育成の「よくある悩み」 解決のヒント. https://ufb.benesse.co.jp/news/research-02
佐藤徳紀, & 三和香. (2025). 製造業を中心とした企業従業員の学習行動の促進要因. 日本教育工学会2025年春季全国大会(第44回)論文集.
執筆者
佐藤 徳紀(Tokunori Sato)
ベネッセ教育総合研究所 研究員
博⼠(⼯学)。2012年(株)ベネッセコーポレーションに⼊社後、中学⽣向けの理科教材の開発を担当した後、2016年6⽉からベネッセ教育総合研究所の研究員に着任。企業内大学やアルムナイネットワークの立ち上げ、社内提案制度のPMOなどを経験し、現在は、社会人や児童・生徒を対象としたチーム協働による創造性の研究、ならびに企業所属の従業員の学習に関する研究に従事。専門は、電気工学、科学教育、教育工学、創造性、組織行動。東京工科大学非常勤講師。
関連サイトは以下。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0112
https://benesse.jp/berd/special/creativity/lp/