DX人材育成の「よくある悩み」 解決のヒント
〜先行研究と企業の実践事例から学ぶ〜
多くの企業が研修などを行い、DX人材育成に取り組まれていますが、人事のご担当者から「研修内容が業務に生かされていない」といった悩みをよく耳にします。そこで今回は、大人の学びに関する先行研究や、Udemy Businessを導入している企業の実践事例をもとに、DX人材育成の「よくある悩み」を解決するヒントをご提案します。
INDEX(目次)
- 導入:DX人材育成で、こんなことに悩んでいませんか。
- 悩み1:研修内容が業務に生かされていない
【先行研究からのヒント】研修中に学んだスキルを活用する機会を設け、その成果を評価して、業務での活用を促す/スキル-パフォーマンス関係理論
【実践事例からのヒント】研修中に社内課題に取り組み、実践力をつける/清水建設株式会社 - 悩み2:従業員の学習のモチベーションが続かない
【先行研究からのヒント】外発的動機づけで学習のきっかけを作り、次第に内発的動機づけにつなげる仕組みを作る/自己決定理論(有機的統合理論)
【実践事例からのヒント】4段階のDXスキル研修を用意し、「DXビジネス人材」を育成/三井物産株式会社 - 悩み3:上司は部下の成長にどう関わればよいのか
【先行研究からのヒント】管理職の目標設定が、従業員のクリエイティビティを左右する/目標設定とチーム学習行動による創造性の研究
【実践事例からのヒント】能力開発に重きを置いた研修を実施/株式会社サイバーエージェント - まとめ:DX人材育成における悩み解決のヒント
DX人材育成で、こんなことに悩んでいませんか。
人材を「資本」ととらえ、その価値を高める「人的資本経営」の重要性が増しています。従業員の成長を促し、労働生産性を向上させて、人的資本の価値を最大化するためには、イノベーションの促進が不可欠です。そのような背景から、多くの企業でDX人材の育成が急務となっています。しかし、DX研修を実施するなかで、「研修内容が業務に生かされていない」「従業員の学習のモチベーションが続かない」「上司は部下の成長にどう関わればよいのか」などの課題を抱えている企業は少なくありません。
今回は、大人の学習・成長に関する研究を行うベネッセ教育総合研究所の佐藤徳紀研究員が、大人の学びに関する学術論文や、Udemy Businessを導入している企業の実践事例をもとに、DX人材育成の「よくある悩み」を解決するヒントをご提案します。
悩み1:研修内容が業務に生かされていない
DX人材育成に関して最もよく耳にするのは、「研修で最新技術を学んだはずなのに、業務で活用されていない」といった悩みです。なぜ活用できないのか。それは、研修において、従業員が学んだり身に付けたりしたスキルを活用する機会がないため、業務においてもどう生かせばよいか自信や経験が不足しているのが理由と考えられます。
【先行研究からのヒント】
研修中に学んだスキルを活用する機会を設け、その成果を評価して、業務での活用を促す
スキル-パフォーマンス関係理論
まず、「スキルを獲得した状態」とは、どのような状態を指すのでしょうか。その参考になるのが、例えば、「スキル-パフォーマンス関係理論」(Iso-Ahola, 2024)です。同研究では、スキルを、「ある身体的・認知的タスクを実行するために必要な、一時的で可変的なツール(ノウハウ)や品質(レベル)」であり、「特定の品質でパフォーマンス(成果)を実行するために学習された能力」であると捉えました。一方、パフォーマンスは、「身体的・認知的タスクにおいて、客観的・主観的に成果を測定されたもの」と定義しています(筆者訳)。

図1 スキル-パフォーマンス関係理論
出典:Iso-Ahola (2024)より筆者作成
同理論は図1のように表され、スキルはパフォーマンスに影響しますが、能力や努力/練習の影響を受けるだけでなく、同時に、パフォーマンスも能力や努力/練習に影響します。スキルは常にパフォーマンスにおいて観察、評価、推測されるため、完全に分離することはできません(同研究より)。
つまり、スキルを獲得するためには、単にスキルを知識として学ぶだけでなく、自分が持っている能力を活かして努力/練習を通じてパフォーマンス(成果)を出すことに挑戦すること、その結果、主観的あるいは客観的な評価を得て、業務で活用できる効力感や経験を積むことが重要です。そこで、研修中にスキルを学ばせるだけでなく、研修後にそれを活用することを想定した小さい課題に取り組ませ、その成果を自分で評価する(あるいは他者から評価される)機会を設けてみてはどうでしょうか。学びを実践する機会があることで、従業員は活用できるスキルが身に付き、業務に生かすことができるはずです。
【実践事例からのヒント】
研修中に社内課題に取り組み、実践力をつける
清水建設株式会社
スキルの定着には能力や努力を伴う経験的な学びが必要であり、そのプロセスを企業が支援することが重要です。そうした取り組みを実践しているのが、清水建設株式会社です(取材記事より)。
同社では、選抜した新入社員に1年間のDX研修を実施しました。その際、Udemy Businessの動画講座を研修の補助教材として活用しました。上半期は、DXに必要なビジネススキルやデータサイエンス・機械学習、デザイン思考などを体系的に学ぶ場を設け、下半期には、アジャイル実習を通じて、社内の課題解決に取り組むカリキュラムとしました。学んだ内容を業務で活用する仕組みを取り入れた実践的な研修とし、新入社員を即戦力となるDX人材へと成長させることをねらいとしました。
悩み2:従業員の学習のモチベーションが続かない
研修開始時は意欲的に学んでいたが、その後が続かない」と、従業員の学習意欲に関する課題もよく耳にします。自己の成長や企業の発展に向けて、従業員が自律的に学ぶのが理想です。その後押しをするために、企業は次のようなことができると考えます。
【先行研究からのヒント】
外発的動機づけで学習のきっかけを作り、次第に内発的動機づけにつなげる仕組みを作る
自己決定理論(有機的統合理論)
学習意欲の維持・向上について、着目したいのが「自己決定理論(有機的統合理論)」です(Ryan & Deci, 2000)。同理論では、動機づけを「無動機(動機づけがない)」「外発的動機づけ」「内発的動機づけ」に分類し(論文では更に、外発的動機づけを「外的調整」「取り入れ的調整」「同一化的調整」「統合的調整」の4つに分けている)、自己決定の度合いに応じて連続的にとらえました。自己決定の度合いが高いと、内発的であるため行動頻度が上がり、パフォーマンスも向上することが述べられています。
同理論に基づき調査したChen & Jang (2010)によれば、外発的動機づけの2つに対応する施策(「外的調整にあたる報酬や強制など」と「取り入れ的調整にあたる他者承認など」)と学習行動の関係を調べたところ、「外的調整」に比べ「取り入れ的調整」が学習行動を増やす可能性が示されました。つまり、自己決定の度合いを意識した働きかけをすることで、徐々に内発的動機づけを育み、自律学習につなげる方法が考えられます(図2)。例えば、学習を始める際には、やるべきことを明確化する、インセンティブを用意するなど、学習のきっかけを設け、その後は従業員自身が学びの目的や楽しさを見つけられるよう、他者から認められる機会を作る、同じ関心を持った仲間とつながる機会を作る(コミュニティ作り)などの支援を行うとよいでしょう。

図2 企業の状況×学習者の動機づけ理論を組み合わせた仮説モデル
出典:SaaSの顧客ライフサイクル(e.g. Gainsight, 2017)、
有機的統合理論(Chen & Jang, 2010; Ryan & Deci, 2000)を参考に筆者作成
【実践事例からのヒント】
4段階のDXスキル研修を用意し、「DXビジネス人材」を育成
三井物産株式会社
外発的動機づけだけでなく内発的動機づけに基づいた自律的学びを促し、社員の成長を支援している事例として、三井物産株式会社の取り組みがあります(取材記事より)。
同社は、DX総合戦略を進める人材を育てるため、DX人材タイプを、a「ビジネス人材」、b「DXビジネス人材」、c「DX技術人材」の3つに分類し、全社員向けのDX研修として「Mitsui DX Academy」を開講。DXスキル研修のほか、ブートキャンプ、海外留学の3つの施策を用意しています。
DXスキル研修は4つのSTEPで構成され、STEP1は、自社で制作した4時間のオンデマンド講座を視聴するもので、STEP2は、DXの教養獲得を目指し、同社のデジタル総合戦略部がセレクトしたUdemy Businessの約40講座から、一定時間視聴すれば、“a+”の「スーパーユーザ」に自動認定されます。STEP3は、DXの専門性を身につけるもので、一定条件を満たすとb「D Xビジネス人材」に認定されます。その先にSTEP4も用意されています。「DXビジネス人材」と認定された社員は、海外大学留学への応募や全社DX案件への適材適所を可能にすることで社員のDXへのモチベーション向上や高度専門人材の育成に成功しています。
悩み3:上司は部下の成長にどう関わればよいのか
従業員の成長には、管理職のあり方も大きく関係します。しかし、管理職自身がDXに詳しくない場合、どのように個々の従業員の目標を設定すればよいのか、どうすれば創造的な問題解決を引き出すことができるのか、悩むことでしょう。ここでは、目標設定やチームの学習行動が従業員のパフォーマンスや創造性に与える影響についての研究をもとに、悩み解決のヒントを提案します。
【先行研究からのヒント】
管理職の目標設定が、従業員のクリエイティビティを左右する
目標設定とチーム学習行動による創造性の研究
従業員の創造性に関して、従業員の「目標志向性」(目標の持ち方)と「チーム学習行動」との関係を検証した研究(Hirst et al., 2009)があります。同研究では、先行研究から、次の3つのキーワード(概念)を用いています。
- 創造性:従業員が製品、手順、プロセスに関して斬新で有用なアイデアを生み出すこと。
- 目標志向性:以下の2つに分けられる。
– 学習目標志向:従業員の能力開発と課題解決の習得を重視した目標設定。内発的な動機づけに関係する。
– 達成目標志向:従業員が能力を発揮して目標を達成することに焦点を置いた目標設定。外発的な動機づけに関係する。 - チーム学習行動:心理的安全性に基づき、振り返りによる意思決定、質問、フィードバックの要求、リスクについての議論など、チームでの学びを実行すること。雰囲気ではなく具体的な行動であることに注意。
同研究では、大手製薬企業の研究部門で働く管理職と従業員を対象にアンケート調査を行い、従業員の「創造性」、「目標志向性」、「チーム学習行動」の3つの関係を分析しました。その結果、「チーム学習行動」と「学習目標志向性」が高ければ、従業員の「創造性」も高くなる可能性が示されました(図3)。つまり、管理職が部下の創造的な問題解決行動を高めるためには、チームで具体的に学習行動を行い、部下に内発的な学習目標を設定させることが重要だと言えます。従業員はチームでの行動や目標を自分だけでは設定できないことであり、管理職の関与の重要性がうかがえます。

図3 従業員メンバーの創造性を高める条件
出典:Hirst et al., (2009)を参考に筆者作成
【実践事例からのヒント】
能力開発に重きを置いた研修を実施
株式会社サイバーエージェント
目標設定を工夫し、エンジニアのリスキリングに成功した株式会社サイバーエージェントの取り組みを紹介します(取材記事より)。同社は、最新の技術トレンドに対応したITエンジニアの育成と、そのキャリアアップを目的として「リスキリングセンター」を設置しました。
同センターは、明確に学習目標を設定した研修を実施しています。例えば、「データアナリスト講座」では、グループ会社の新部署でメディア事業のデータ分析を担うエンジニアを育成するために、Udemy Businessの指定講座の受講と週1回の集合研修(約3か月間)を組み合わせたプログラムを提供。修了後は新部署に配属されます。学習目標を明確に設定した実践的な研修を実施し、リスキリングセンターのスタッフによる学習支援や管理職との業務調整などのフォローを行うことで、研修参加者は新部署で活用できるスキルを身に付けることができました。
【まとめ】DX人材育成における悩み解決のヒント
悩み1:研修内容が業務に生かされていない
◎解決のヒント
スキルを獲得するには、能力や努力を通じてパフォーマンス(成果)を出して主観的あるいは客観的な評価を得て、業務で活用できる効力感を得ることが重要。
研修では、所属部署の課題解決に取り組ませるなど、学んだことを業務に生かせる場を用意することが大切です。
悩み2:従業員の学習のモチベーションが続かない
◎解決のヒント
外発的動機づけから内発的動機づけは連続性があるため最初は、人事や管理職が従業員に学びを促すなどの工夫を。
そして、徐々に自律的に学べるように、従業員にインセンティブを与えたり、他者から認められる機会を設けたりして、自ら「学びたい」という意欲を引き出していきましょう。
悩み3:上司は部下の成長にどう関わればよいのか
◎解決のヒント
目標設定やチームの学習行動が創造性の発揮に影響を及ぼします。
部下の創造的な問題解決行動を高めるためには、チームでの学習行動を具体的に行い、部下に内発的な学習目標を設定させることが重要。
このように、従業員の学習促進や成長支援には、学習環境の整備や継続的な学習支援、適切な目標設定が重要です。人材育成や研修を企画される際に、上記の研究や企業の実践を参考にしていただければ幸いです。
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ベネッセコーポレーションがサービスを提供するUdemy Businessでは、DXなど人材育成を目的とした研修教材の提供に加えて、弊社が教育事業で培った研究知見を生かして、事業成長を見越した研修の設計や調査・分析の相談をお受けしております。ご関心をおもちの方は、ぜひ下記までお問い合わせください。
Udemy Business導入事例の取材記事
清水建設株式会社 https://ufb.benesse.co.jp/case/shimz.html
三井物産株式会社 https://ufb.benesse.co.jp/case/mitsuiandcompany.html
株式会社サイバーエージェント https://ufb.benesse.co.jp/case/cyberagent.html
参考文献
Chen, K. C., & Jang, S. J. (2010). Motivation in online learning: Testing a model of self-determination theory. Computers in Human Behavior, 26(4), 741–752. https://doi.org/10.1016/J.CHB.2010.01.011
Gainsight. (2017). How to Map the Customer Journey with Engagement Models | Gainsight. https://www.gainsight.com/blog/map-customer-journey-engagement-models/
Hirst, G., Van Knippenberg, D., & Zhou, J. (2009). A cross-level perspective on employee creativity: Goal orientation, team learning behavior, and individual creativity. Academy of Management Journal, 52(2), 280–293. https://doi.org/10.5465/AMJ.2009.37308035
Iso-Ahola, S. E. (2024). A theory of the skill-performance relationship. Frontiers in Psychology, 15, 1296014. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1296014
Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1). https://doi.org/10.1037//0003-066x.55.1.68
執筆者
佐藤 徳紀(Tokunori Sato)
ベネッセ教育総合研究所 研究員
博⼠(⼯学)。2012年(株)ベネッセコーポレーションに⼊社後、中学⽣向けの理科教材の開発を担当した後、2016年6⽉からベネッセ教育総合研究所の研究員に着任。企業内大学やアルムナイネットワークの立ち上げ、社内提案制度のPMOなどを経験し、現在は、社会人や児童・生徒を対象とした探究学習やチーム協働による創造性の研究、ならびに企業所属の従業員の学習に関する研究に従事。専門は、電気工学、科学教育、教育工学、創造性、組織行動。東京工科大学非常勤講師。関連サイトは以下。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0112
https://benesse.jp/berd/special/creativity/lp/